大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 昭和31年(オ)958号 判決

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人岡本共次郎の上告理由について。

所論は、要するに、上告人の本件賃貸借の解約申入につき正当事由の存在を否定した原判決に審理不尽ないし理由不備の違法があると主張するのである。

原判決の事実摘示に記載の当事者双方の主張と、理由中の判示とを対比してみると、右正当事由の有無について原審の認定した事実関係はいささか簡単にすぎるきらいがないとはいえない。

しかし、本件では被上告人らがかねて賃借居住中の家屋の所有権を自ら使用するために取得した上告人において解約を申入れたのであつて、原審がかかる事案にあつては正当事由の有無の判定に特に慎重でなければならないと判示したのは正当であり、原審はかかる前提に立つて、当事者双方につき存する諸般の事情を右の判断に必要な限度で認定判示したものと解せられ、その認定した事実関係のみから正当事由の存在を否定するに十分で、その他の積極的事情を考慮してもとうていその点の判断を左右するに足りないことが明らかである場合には、必ずしも当事者のこの点に関する主張事実につき、細大洩らさずその存否の認定をしてこれを判文に明示する必要はない。いま本件について原審の認定する当事者双方の事情をみるに、上告人側には本件家屋を措いても上告人の居住し使用する余裕が十分にあり、これに反し被上告人らはその営業、生計ならびに居住のため右家屋が必要不可欠の情況にあることが十分に認められるので、これらの事実関係だけから考えて本件解約申入に正当事由のないことが明らかである。

所論(1)にいう、上告人が本件家屋の所有権を取得するに至つた事情は、仮にその主張どおり事実があつても、前記判示に照らし正当事由を未だ認めしめるに足らない。

所論(2)についてみても、被上告人ヨシの夫が市川市に家屋を所有していないことは原審の認定するところであり、挙示の証拠によりその認定は首肯することができるし、被上告人らの生活の本拠が右市川市にあることは原審は認定せず、かえつて被上告人らが本件家屋における営業によつて生計をたてている事実を積極的に認定しているのである。

また、原審は所論(3)のように、上告人側において上告人の居住のため新たな家屋を他から買い求める余力がある趣旨のみを判示したものと解すべきではなく、上告人の父および上告人が原審認定のような家屋をそれぞれ所有していることから、上告人の居住し使用するだけの余裕は本件家屋以外にも存する趣旨をも判示したものと解することができ、この点の判示も首肯することができる。

したがつて、原判決には所論のような違法があるとはいえないから、所論はすべて採用し難い。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 垂水克己 裁判官 石坂修一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例